おとこのこ、おんなのこ。から、キョン



「……さて、掃除の目処がついたところで一つお伺いしたいことがあります」
「なんだ」
 確かに後は机と椅子を元の場所に戻して、手洗い場で冷たい水に手と雑巾をさらすぐらいの作業しか残っていない。
 クローゼットカバーは来週ハルヒが持って帰るだろうし、まさか習字道具を日曜に持ってこいとは言われまい。
 鷹揚に返事をして箒を片付ける俺の背中を追ってくる視線がレーザービームのごときだ。言っておくがお前がウインクをするたびイツキビーム(仮)が出てくるようなことがあれば俺は生涯お前と視線を交わすことはないだろうからよく覚えておくように。
「僕にそのような特殊能力が追加されることはまずないでしょうね」
「ハルヒの興味が美少女マスコットからイケメン改造計画に向かないとも限らないだろう」
「では、せいぜいそうならないように努力しますよ」
 何を努力するんだ、と俺に言わせないうちに古泉は前髪を押さえてふっと微笑んだ。
 その、一見意味深のようでいてその実意味などない仕草をお前はもうちょっと控えた方がいい。やむを得ない事情によって俺の心臓というか四肢というか、が若干の緊張を伝えてきて俺に良くない。
「失礼、話が逸れましたね」
 むしろわざとやっているのではないかと邪推しました、とシャーペンをお忘れでしたよ、と言うのと同じ微笑み付きで言うのもどうかと思うね。
 大体失礼だ、俺は話をさり気なく逸らそうなどという意図はこれっぽっちも持っちゃいない。俺とお前の二人なのだから、お前さえ強固な意志を持っていれば話をストレートかつ一本気に終わらせることは容易なはずだぜ。





同じく、古泉。



「仕方がありませんよ、女の子は砂糖とスパイスとなにか素敵なものたくさんで出来ていますからね」
「聞いたことはあるな、なんだっけか」
「マザーグースです」
 ああ、と頷いてふいに目を逸らす。空中に固定された視線の先に何が見えているかは解らないが、考えていることならおぼろげなりにも理解できる。その先に誰かしらを投影しているのだろう。
「スパイスの分量が多すぎる奴がいる気がするが」
「この場合のスパイスというのは香辛料ですから、辛口という意味だけでは無いと思いますが」
 ふんと鼻を鳴らした彼は、それならそれで多すぎるさ、と返した。
 砂糖の分量がいかにも大半を占めていそうだったり、なにか知識好奇心的な意味で素敵なものだけで出来ていそうな彼女らのことも彼の脳裏をよぎったのだろうが、言葉になることはなかった。
「それに比べて俺たちは、かたつむりに……あーと、かえるの尻尾?」
「蛙に尻尾はありませんが」
「解ってる、おたまじゃくし的な意味だと思え」
「無理がありますよ、かえるとかたつむりと、子犬のしっぽです」
 変な風に混ざってしまったのだろう、怪生物を作り出している彼の頬は少しばかり赤かった。苦笑混じりで記憶にあった答えを引っ張り出すと、ぽんと一つ手を打つ。
「ああ、子犬ね、なんかマシそうなのが入ってたと思った」
「しかししっぽですからね、本体ならまだかわいげがあったのですが」
「殻を背負ってて表面がぬめぬめしている、跳躍力が凄まじい子犬か。間違ってもかわいげがありそうにないな」
「そのままで混ぜないでくださいよ」
 つられて想像してしまって、しなければ良かったと後悔した。僕の想像の中では可愛らしい子犬が緑色の毛をしていたからだ。蛙と蛞蝓の分が合わさってとても粘液まみれだった。
 益体がなさすぎる話をしながら昇降口に辿り着くと、何故か残っていたらしい彼の友人たちと遭遇した。野球や映画の際にお世話になった、というか巻き込まれていた涼宮さんと彼の級友である。
「何だ何だぁ? こんな時間まで残ってるとは相変わらず変なことやってんだなあお前ら」
「人のことは言えないと思うんだけど」



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