グッバイガール、ウェルカムハピネスから、割と佳境。ハルヒ。



「まあそんなとこね。言っとくけど、あたしの優秀な副団長を預けてあげるんだから、ちゃんと見てないと承知しないわよ。特に変な女に引っかかったりしないように気をつけてあげんのよ」
 古泉くんは妙に抜けてるところがあるからね。
「言われんでもそうする」
 キョンは口を引き結んで腕を組んだ。ぱっと見不機嫌にしか見えないけど、これは照れてるってことね。全く、あたしとしたことがキョンごときの感情の変化にまで詳しくなっちゃうとはね、驚きだわ。
「本題からずれちゃったじゃない」
 あたしは氷が半分ぐらい溶けたアイスティーを飲み干した。キョンはぎょっと目を見開いている。
「今のが本題じゃなかったのか」
「……なんであたしがそんなことだけのために呼び出さなきゃいけないのよ」
 どれだけあたしをゴシップ好きのように思ってんのよ。
 キョンはわざとらしく空咳をして、
「すまん、悪かった」
 と謝った。今回の謝罪は素直に受けておくことにするわ。
「言っとくけど、たいしたことじゃないのよ。ただこればっかりは高校生のうちに……ううん、もう高校生じゃないんだけど、気分ね。なるべく近いあたしのうちに、言っておこうと思っただけ」
 何のことだかわからないキョンがまるでみくるちゃんみたいに小首を傾げて見せた。……あんた、古泉くんの前で以外にそれをやらない方がいいわ。十八の男の仕草じゃない。
「あたしたち、色々やってきたじゃない」
「ん? ああ、そうだな、色々あったな」
 僅かにキョンの声に、それを懐かしむ色がにじむ。思い出で終わらせる気なんて毛頭無いけど、あたしたちの高校生活はもう二度と巡ってきやしない。全部、一回こっきりの体験になってしかるべきだった。
 だから今しかないと思った。
「それにはあたしの努力も去ることながら、SOS団っていうのが素晴らしい功績を残したでしょ」
 光跡と言ってもいいわね。
「……まあ、否定はせんが」
 素直に頷いときなさいよ、照れ屋なんだから。
「だからあんたには言っておこうと思って」
 キョンはどこか神妙な顔で、あたしの言葉を待っていた。もしかしたらあたしも、真面目な顔になってたかもしれない。



「あたしと出会ってくれて、ありがとう」






同じく、キョンから状況説明。



 とにかく俺は、我らが暴君に会うべく喫茶店に向かったわけだが、その間もあいつが何をしたいのかはさっぱり検討がつかなかった。とはいえ、少量の不安が払拭しきれずに残っていたのは確かだ。ハルヒはこの高校生活をやり直したい、もしくは延長したいと思わないだろうか――という、非道く無駄な不安だったが。そんなことはない、もう二度とあんなことにはならないと言い続けていたのは俺だったし、実際心の底からそう思っていたさ。だがそれでもこの土壇場でそんなことを考えちまうってことは、やっぱり俺も、高校生活に幾らかの未練が残っているってことなんだろうな。それでハルヒもそうなんじゃないかと想像したっていうんだから、全くあいつにとって失礼な話である。
 そもそも――そうだ、ハルヒ絡みのトンデモ理論は、そのほとんどが意味を成さなくなっていた。いや、ハルヒのトンチキな無意識願い事叶えマシーン的な能力とやらが失われたわけではない。俺と団長様以外のSOS団員の話によると、情報爆発は見られないものの単発的に情報は発生し、時空の断層は治ってはおらず、閉鎖空間もごくごくたまに発生するらしい。
 だが、三人以外の宇宙人未来人超能力者的勢力はハルヒから完全に手を引いた。三人は現地調査員としてSOS団に留まっているし離れるつもりも今のところないそうだが、三つの組織もハルヒのことを観察程度で収める予定らしい。なんでそんなことになったかというと、これはもう高二の冬の話に遡る。全くあれは凄まじく大変な出来事だった。多方面からのアプローチという名の妨害工作、一体何度絶体絶命の危機を乗り越えたんだか俺は数えたくもなかったね。しかもその最中に、これは最早ハルヒに隠したまま解決できる事件ではなく、かといってハルヒに全てを伝えるわけには到底いかないという事態に陥り、結果俺たちはハルヒに上手く核心を隠したまま異変に気付かれないように、それでも俺たちの意図する方向にハルヒが進むように誘導するという途方もない作業をするハメになった。
 朝比奈さんはすっかり疲れてしまい、その麗しのかんばせにひきつった笑みを貼り付けているような有様で大変に痛々しかったのだが、その辺りのことはハルヒ的には受験のストレスだということで片付けられたらしい。非常にラッキーなことであった。冬が受験シーズンであることを真剣に喜んだのはこれが生まれて初めての経験であり、二度はなかった。
 長門は裏に表に様々な、まさしく八面六臂の活躍をしてくれた。長門がいなければ我らSOS団がこうして無事に卒業することなど不可能であったに相違ない。だがその長門にもやはり疲れは襲ってくるらしく、ハルヒに心配されている図が良く見られたものだ。
 そして、言葉は悪いがある意味ハルヒを巻き込む作戦の主導者である古泉は、これはもう凄かったね。俺がこの男を心底尊敬するなんぞという事態にはもう二度となるまいというレベルで、ハルヒの言動を調整し誘導し、機関との折衝を進め、もうお前は立派なアジテーターになれると太鼓判を押したほどだった。本人はそれほど嬉しくも無さそうだったが。あのにやけ面が日に日に生気をなくしていくのを見るのはなかなか心臓に悪かったね。それでもハルヒの前じゃ疲れた素振りも見せないんだから、あいつの職業根性も相当なもんだ。
 まあ、その時起きた事件の顛末なんかを回想していると恐らく日が暮れるだろうから、それは置いておこう。重要なのは、ハルヒには未だ良く解らん神的能力が宿っており、だがそれが大して重要視されなくなったということだ。そしてその世界改変能力は、消失はしないがほぼ凍結状態にあると長門が判断してくれた。つまり、一晩で鳩の羽が生え替わったり秋に桜が咲いたり、あるいは世界がそっくり創り変わっちまうということはなくなったってことだ。
 俺たちは極一般的に高校を卒業し、各々の進路も決まっている。どうにか滑り込んだ俺の大学と、余裕だったのかどうかは知らないが古泉の大学とが数駅分離れた距離に位置するのが偶然かどうかは知らんね。ハルヒと長門は同じ大学に進路を選び、ハルヒは新設された学部に、長門も好きな学部を選んだようだ。朝比奈さんと鶴屋さんが通っていらっしゃる大学ともそう遠くない距離にあるらしい。しかし俺としては一番驚きだったのが朝比奈さんと鶴屋さんの進路先が同じだったってことだね。てっきり鶴屋さんは地元の有名大学に、朝比奈さんはひょっとすると受験すらしないんじゃないかと思っていたからな。
 ともあれ、先のハルヒの言葉通り全員が無事大学生になってもSOS団の集まりは滞りなく行われることになっている。さすがに夏に毎日顔を合わせるようなことにはならないだろうが、月一レベルでも会えるのは、まあ、俺だって嬉しいしさ。なんせ俺の人生の中でもう二度と関わり合うことのないだろう素晴らしい感じのメンツだからな。そいつらと会いたくないなんて言ったらバチが当たるってもんだ。恐らく雷を積極的に起こすのは団長様だろうが。
 だから、馬鹿な俺が危惧していたような事態にはならないだろうとも、思っていた。それだからこそ、一体何を言われるもんだか、全く想像がつかなかったんだな。まさか雑用係に対して慰労の言葉をかけるわけじゃないだろうし。



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