冬ごもらない。



 今年の冬はずいぶんと早くやってきた。今にも雪が降り出しそうな空を眺めてから、作兵衛はぱたりと戸を閉めた。振り返ると、先日大掃除を済ませたばかりの三人部屋に、二人分の荷物が散乱している。
 時が経つのが早く感じるのは、新一年生とそれに伴うトラブルの数々が濃すぎたせいか、自分たちが単純に年をとったせいなのかははっきりしない。
 今日は終業式だった。
 明日から冬休みということで、学園のあちこちで生徒たちは帰り支度をしている。一年は組の補習による嘆きが聞こえるのも毎度のことで、それを少なくとも四回以上は聞いているような違和感を作兵衛は黙殺した。世の中には知らなくてもいいことがある。
 戸の向こう側でも、同級生たちや後輩がちらほらと出ていく姿をいくつも見た。午前中で今年最後の授業もあらかた終わっているため、今日中に急いで出発して実家でのんびり過ごそうという人間は多い。新年を迎える日ぐらいはまともに帰りたいという心情もあって、委員会の仕事も終わらせているところが多かった。
 仕事が多い筆頭である会計委員会と体育委員会も例に漏れず、今学期は帳簿付けが首尾よく終わったと二日前に帰還して轟沈していた左門が機嫌よく話していた。三之助の方は、今年の走り納めだと言ってマラソンフルコースからの昨晩は塹壕で就寝という風邪を引きそうな委員会活動を終わらせてきたばかりだ。
 そんなこんなで、二人は今急いで帰省準備を進めていた。取りかかるのが遅いと思わないでもないが、忙しかったのはわかるので咎める気はしない。散らばっている荷物さえ残して行かなければいいだけの話だ。
 どれ手伝ってやるかと作兵衛が話しかけようとしたとき、置いていくものと持って帰るものの仕訳をしていた左門がふと顔を上げた。
「作兵衛は準備をしなくていいのか?」
 今まで自分のことに夢中で気がつかなかったようだが、作兵衛は荷造りをしていない。昨日まで手入れしていた修補用の機材も机の上に出しっぱなしで、そのままにして帰省するとはとうてい思えなかった。
「ああ、言ってなかったか? 俺、今年は残るよ」
 なんでもないことのように言って、廊下近くまで飛んでいた三之助の手ぬぐいを本人に投げ渡してやる。顔を上げて受け取った三之助と、作兵衛の顔を見つめたままの左門はぽかんと揃って口を開けていた。
「……なんだお前ら」
 その反応が想定外で、作兵衛は戸惑った。
 確かに下級生のうちから休みの日に学園に残るのは珍しく、新年を迎える年の瀬は家の手伝いも求められる。昨年も一昨年も、何の狙いもなく三人揃って帰省していたのだから、左門と三之助が今年もそれと変わらないと思うのも無理はない。
「途中まで送ってってやれねえけど、ちゃんと帰れるだろ? 風邪引かないようにな」
 いたわられても嬉しくない、というような顔を、迷子は揃って浮かべてみせた。
「どうして言ってくれなかったんだ!」
「いや、てっきり言ったもんだと思ってた」
 しかし、帰省するかどうかなどと相談する必要性をあまり作兵衛は感じていなかった。年末年始に実家に帰らないのは罪悪感はあるが、文はとっくに送ったしもう決めたことだ。春休みには帰ろうと思っている。
「どういう風の吹き回し?」
 訊いてくる三之助の手には手ぬぐいが握られたままで、お前はせめてそれを置くか仕舞うかしろよと作兵衛は呆れた。
「別に……ちょっと用具の仕事でやり残したこともあるし、冬休みは短い方だしな」
「委員会の仕事? 終わらせてなかったっけ」
 年末に向けて大忙しだったのは実のところ用具委員会だ。学園総出で行われた大掃除大会の余波を食って、破損物はほとんど用具に持ち込まれたし、なぜか瓦が落ちたり壁のひびが見つかったりと、用具委員はそれこそ死にものぐるいで働いていた。




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