Sunset
左門は野外活動が好きだ。迷子にならなければ、と注釈がついてしまうのが口惜しいところだったが、学園内ほど人目を気にしなくて済むのがいい。常日頃からどこだろうと大声をあげながら走り回っているのだが、これでも左門は気を遣っているのだ。作兵衛が気にするという、その一点においては。
「お、作兵衛! 栗の木が見えるぞ!」
視力の良さには自信がある。聴力も優れている方だと言われるが、大抵褒めてくれるのは作兵衛なので身内贔屓も入っているのだろうと左門は認識していた。おだてたりするような性格ではないが、彼が自分に甘いことぐらいはもうとっくに自覚している。
「よし、左門良くやった!」
そうして、自分と同じく籠を背負った作兵衛が、何のてらいもなく笑いかけてくれるのが、何より嬉しかった。ぽんと後頭部を軽く叩かれて、見えると言った先から別方向に歩こうとした足を止められる。だというのにその顔すら苛ついてはおらず、左門はこちらも押さえきれずにへらりと笑った。
午後の授業は実技だった。遁走の復習をやった後、グラウンド全体を使って鬼ごっこに似た競技をこなしてクラス全体が疲れ果てていた、そんな時だった。
あひゃあひゃあひゃ〜と聞き慣れた声が耳に入って、ぞろぞろと引き上げている最中だった全員がぼんやりとそちらを向く。
予想通り、早くも私服に着替えたきり丸が目を銭の形にしながら走り、その後ろを同じく私服の乱太郎としんべヱが追いかけているところだった。名物お騒がせ三人組のことを知らない生徒は学園にはいない。
「ちょっと待ってよきり丸〜!」
「そんなに急がなくったって!」
「旬ものは機会逃すと無くなっちまうからな! あっひゃひゃキノコ採り放題ー!」
「採り放題じゃないんだけどなあ」
「裏々山のキノコ共同組合副会長さんにお手伝い頼まれて、ちょっと分けてもらえるって話なんだけど」
「さすが乱太郎、見事な説明台詞!」
「やだなあしんべヱ、照れちゃうー」
全くわかりやすい会話を交わしながら、一年生三人は元気よくにこにこと駆けていく。背には揃いの籠がある。三人が去っていくのをなんとなく足を止めてまで眺めてしまった三年ろ組は、まだ彼らの去っていった方向を見ていた。
「キノコか……」
誰かがぽつりと呟く。
「鍋……」
それに呼応したように、疲れ切った声がもう一つ。
「秋だよな……」
わかりきったことを漏らす目の前で、赤く色づいた紅葉がひらりと舞った。遠くに小松田がせっせと地面を掃いているのが見える。
「はらへった」
それが最後の引き金となった。疲れているのも相まって、年頃の少年たちは一斉に騒ぎ出す。
「キノコ鍋だよキノコ鍋!」
「栗ご飯食べたい!」
「自然薯がいい……」
「渋いなお前」
盛り上がる同級生たちを見ながら、作兵衛はじりじりと距離を取るように後ずさっていた。左門と三之助を捕まえておくのも忘れてはいない。作兵衛たちも挙げられている料理が食べたくない訳ではなかったが。
「今日の夕食当番誰だ!?」
その言葉が出てくる前に逃げておきたかっただけだ。
「確か作兵衛と……」
「左門と……」
「三之助……」
同級生がこぞって、輪から抜け出そうとしていた三人を見つけ出す。引きつり笑いで返しても、通じはしなかったようだ。
「というわけで! 今日の夕飯は秋の味覚に決まりな!」
「誰が作ると思ってんだ!」
あっさりまとめて要求してくる同級生に作兵衛が叫び返すと、全く普通の表情でさらりとお前ら、と返された。
「作るのは構わないが、今から材料を調達するとなるとそれなりに遅くなるぞ? それまで僕らにやらせる気か?」
思案顔で左門が言う。左門とてキノコは食べたいが、準備をするとなると億劫だ。明日の昼に食堂で頼めと言ったところで、食欲に火のついた同級生たちは納得しないだろう。
「米と野菜はあったけど肝心の食材は無かったような」
三之助もそれに同調する。同級生の間で、どうするかと目配せが始まった。
「キノコ採ってくるってんなら作るけどな」
作兵衛も、流石に授業で体を酷使した後で迷子二人を引き連れて山を散策する気にはなれない。そもそも裏々山のキノコは勝手に採ったら怒られるだろうと考えると、その先にまで行くしかない。夕飯時に間に合うかどうかすら定かではなかった。
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