本日、迷子日和。



 この町はいつでも騒がしく、ごみごみしている。そんな感想を今更ながらに抱きながら、本日分の仕事を終えた作兵衛は帰路についていた。今日は身一つで赴いたため、手ぶらだ。ズボンの尻ポケットに突っ込んだ財布が不用心と言えば不用心だが、黙ってスられるほど間抜けではない。
 今日の食事当番は誰だったか、とぼんやりと考えながら歩く彼の、高い位置で結んだ赤茶けた髪が揺れた。ポニーテールなのは髪が邪魔にならないために縛る形の中で、一番顔の皮が引っ張られる感じで気合いが入るからだ。好き勝手に跳ね回る前髪はもうほとんど放置している。切ってしまってもいいのだが、いざとなった時に売れるかも知れないという淡い期待でそのままにしている、作兵衛は貧乏性だった。どうせ、町で長髪を咎める輩はいない。相性がどうにも悪い警察連中がきっちりしているぐらいで、貴族だろうが平民だろうが長い髪は流行だ。
 共同生活を営んでいるため当番は回ってくる。明日は食事当番だから、シフトは外れている。早いうちに買い物に行って、いや今日の残り物によっては、などと首を捻る彼の視界には変わらぬ雑踏だ。何故だか車にも乗らずに町をそぞろ歩く貴族と思しき連中、華やかに着飾った女性たち、きっちりと背広を着込んだサラリーマン、それから子供。
 ん、と疑問に思った時には、作兵衛の両太股に何かが突進していた。勢い余って倒れないように、慌ててバランスを取る。
「んなっ!?」
 思わず声を出す、見知らぬ若者が一瞬だけ作兵衛を見てからあっさり立ち去っていった。人の目をちらちらと集めているが、作兵衛はそれどころではない。
 下を見ると、きらきらした目をした、子供が二人己の太股に縋りついていたからだ。
 これは迷子か、と作兵衛は咄嗟に辺りを見渡すが、親の呼ぶ声も探す姿も見つからない。子供を見ると妙に上等な服を着ているので貴族の息子かとも思ったが、それならばこんなところをうろついていはぐれるはずもない。
「おい、どうしたお前ら」
 見知らぬ子供に懐かれる覚えはない。作兵衛の生来の目つきの悪さのせいで、慣れなければ子供は滅多に寄ってこないからだ。その分、慣れてくるとやたらと甘えられることはあるが。
 作兵衛が聞いても、子供はじっと作兵衛の顔を見たまま何も言わない。見た目十には満たないだろうとは踏んだが、喋れないということはあるまい。
「迷子か? 家出か?」
 迷子、に頷いたのは右側の子供で、緑灰色の直毛を黒いリボンで結んでいる。迷子に首を振って家出に首を傾げた左側の子供は、茶色の髪を白い紐で結んでいた。こちらの方が、先より少しばかり背が高い。二人とも、白い汚れ一つ無いブラウスにサスペンダー付きの黒い半ズボン、首元には黒いタイを結んでいた。貴族連中が通う小学校の制服によく似てはいたが、それにしては仕立てがやたらと丁寧だ。
「あー、それなら俺じゃなくておまわりさんに」
 治安がそんなに良い町ではないが、交番ぐらいはある。むしろ警察署もあるのだが、あまり反りが合わないために作兵衛はそこまで行くのはごめんだった。
 交番になら連れていってやろうと歩き出そうとすると、やはり子供は二人ともしがみついたまま離れない。
「こら、歩けねえだろ、ちゃんと連れてってやっから」
 宥めるように言っても、ぶんぶんと揃って首を振られてしまう。どうしたもんかと作兵衛は困った。この年頃なら無条件でおまわりさんには憧れるものだと思っていたからだ。かといって、このままの状態でいては逆に不審者だと通報されかねない。現に、団子状態になっている三人を振り返りながら去っていく人の中には訝しんでいる者もいた。考える時間があまり無かった。
「……しょうがねえな、一旦うちに来るか?」
 途端に、テコでも動かなさそうであった子供が、ぴょんと顔を上げた。二人とも満面の笑顔であり、作兵衛は少しばかりくらりとする。やたらと笑顔が眩しかった。
「……ほら、行くぞ」
 片方ずつ足から外した手を握ってやると、面白いのか繋いだ手を振ってはしゃいでいる。このまま交番に連れて行くという手も考えたが、面倒なことになるのがごめんだった作兵衛は素直に自宅に向かった。
 すでに面倒なことになっているという事実は、あまり考えないことにした。




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