あふれるほどの



「もっと愛されたいんですけど」
「どうしたらいいですか」
「知らない」
 出し抜けに、愛しいペットたちとの時間を邪魔された孫兵は冷たく切って捨てた。孫兵の部屋に入ってくるなり正座して似合わない神妙な表情を浮かべていた二人は、一気に脱力したようだった。
 むしろ、なんで僕に聞く、と言い出したい気持ちで孫兵はいっぱいだった。
むう、と拗ねている左門と、ちぇっと頬を掻いている三之助の二人を御するには孫兵は向いていない。何故孫兵の部屋に辿り着けたのかまでは問わないが、偶然なのか元からここを目指していたのかと考えると孫兵も頭が痛くなる。前者だと思っておいた方がまだ気が楽だった。
孫兵の腕に巻き付いて休息していたジュンコまでもが、付き合っていられないとばかりにするりと蛇籠へと戻っていく。食事は終わっていたが、いっそ散歩に行ってくれないかとすら孫兵は思った。
実に自然に、無理なく、この部屋から逃げ出せるからだ。自室から逃げ出すというのは理不尽だが、この二人がいないところならどこでもいい。
 だが物事はそう上手くはいかないと、齢十二にして悟っている人間の一人である孫兵は諦めて二人に向き直った。
食事の途中だった彼女らには悪いが、気が散った状態で世話をするのは危険だ。
 主語も目的語もない文章ではあったが、誰に愛されたいのかどうかは孫兵には良くわかっていた。左門と三之助が懐いて懐いて懐きまくっている、ところ構わず引っ付いて好いているという様子を隠しもしない、三年ろ組の作兵衛のことだろう。
逆にそうでなかったら孫兵の方が動転しては組の長屋まで走っていってしまうかもしれない。
「僕に聞くことじゃないだろう……」
 はあ、とため息混じりに呆れた声を出すと、左門と三之助はきょとんとした顔同士を見合わせた。
「それならやはり」
「先輩方に相談を……」
 良し、と腰を浮かせかけた二人を慌てて制する。
ここで二人を放出してしまっては迷子になるのは必然、むしろ『先輩方』に辿り着かれてしまった方が厄介だ。恐らく作兵衛が自室にこもって出てこなくなる事態に陥る。





 三年は組の部屋に訪れた作兵衛は、どんよりとした雰囲気を隠そうともしていなかった。
宿題を終わらせてのんびりとお茶を飲んでいた数馬と、宿題と予習の合間の休憩を取っていた藤内が座るように促すとへたり込み、はああと地の底に響くようなため息を吐いた。
「どうしたんだ」
 まあどうせ迷子絡みなんだろうなと思いながら数馬が聞く。
その間に藤内は薬缶からお湯を注ぎ足し、少々ぬるい茶を淹れて作兵衛に差し出した。茶の湯と言うには薄いものが出来上がったが、文句もなく作兵衛は手礼を切ってからそれに手をつける。
「……左門と三之助が」
 ああやっぱり、という表情を出さないようにと二人は苦心した。
常ならばあいつらの迷子癖どうにかならないのか、もっと丈夫な縄はいくらぐらいするのか、いっそ部屋に縛り付けておくのはどうかなどという相談の形を借りた愚痴が始まるのだが。
 今回は少しばかり毛色が違うようだった。
「なんか……おれにす、好かれてんのかわからんとか言い出しやがって」
 首の後ろを掻きながら俯く作兵衛の頬はほんのりと赤い。まさかの惚気、と数馬は一瞬固まった。
「でも、んないちいち言うもんでもねえし、大体あんだけ構ってんだからわかっても良いようなもんだろ!」
 湯呑みを床に置いた作兵衛の指先は、もじもじと激しく動いている。藁を握らせたらきれいに縄でも編みそうだと、藤内はひどく場違いなことを思った。
 ――居たたまれない。
 それがこの部屋の主である二人の心境だった。
 左門と三之助が作兵衛を、それはもう異常なまでに好いているのはほとんど周知の事実であるし、作兵衛がそれを嬉しく思っているのみならず似たような感情を抱いているというのも知ってのことだ。
だが、左門や三之助がてらい無く口にする作兵衛への思いを聞くことに比べて、作兵衛が照れながら口にするそれのなんと気恥ずかしいことか。
普段作兵衛がどうしたこうした、あれがかわいいあそこはいただけない、などと話すのをあーはいはいと流すのが常である二人にとって、左門と三之助の戯言や惚気には耐性があるが照れ屋の作兵衛からのそれには免疫がない。





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