夏、夕空
赤い、太陽は影ばかり伸びさせる。一つになった濃い黒い影は、いびつな形で地面を這ってくる。作兵衛は、歩いている。左門は、ただそれを見ている。
「左門」
呼ばれて、びくりとなった。叱られるのが恐いわけではなかった。作兵衛に見捨てられることだけが恐かった。
「お前が見つかって、良かったよ」
怪我はしてたけど、と静かに言う作兵衛の顔をこれほど見たいと思ったことは終ぞ無かった。
ああ。
ああ、くしゃりと、左門の顔が歪む。
ああ――泣きそうだ!
こんな感情は知らなかった。
手間暇かけて黙っていなくなった自分を捜しに来て、見つけてくれて、怪我の手当をしてくれて、あまつさえ文句も言わずに背負って運んでくれる、そんな人は左門にはいなかった。見つけてくれる人はたくさんいる。先生も、先輩も、同級生も、左門を捜してくれる。だが、それとはまるで違う、たった一人の人を、左門は知らなかった。
温かい背中が、小さな振動が、柔い髪が、こんなに泣かせてくれるものだとは知らなかった。
溢れてしまう。溢れてしまえと、左門は泣いた。
ぼろぼろと泣き出した左門に、背中に染みこむ涙でか震える体でか気がついたのか、作兵衛が声をかける。
「……痛いのか」
「痛く、っない……」
返事と一緒に、ぎゅっと肩を掴む手に力を入れた。皺になってしまうと思ったが、今は縋っていたかった。
「そ、か」
泣いているのかとは聞かれなかった。作兵衛は短く返事をする間も歩みを止めなかった。
作兵衛はやさしい。自分に厳しいのに、他人にも厳しくあろうとしているのに、作兵衛はやさしい。左門はそれを良く知っていた。
だけども、左門は気付く。
悲しくて泣いているのではなかった。痛くて泣いているのではなかった。嬉しくて泣いているのでも、なかった。
ただ溢れて泣いているのだ。溢れた感情の行き場として、言葉ではなく涙を選んだだけだった。
こんな感情は知らなかった。
ただ一つ行き着いた言葉が、見たことも聞いたこともないような形で胸に落っこちてきて、ああ、と左門は理解したのだ。
これは恋だ。
ただ今日助けてもらっただけではなくて、日頃から世話になっているからでもなくて、もしかしたらもうずっと、左門は作兵衛のことが好きだった。好きだ。好きで、好きで、好きで、どうしようもなくて、左門は泣いていた。
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