見知らぬ側面
がたり、と用具倉庫の扉に触れて音を立てたのは、決して潮江文次郎が信念に背いて油断をしていたわけではない。
むしろ人を訪ねる時に気配も音も消し去っていたのでは不自然に過ぎる。そんな言い訳に似た文言を心中に連ねながら、文次郎は薄暗い倉庫の中を見回した。
「失礼する、食満留三郎はいるか」
聞くまでもない問いだった。用具倉庫は入り口から全てが見渡せる造りにはなっておらず、棚を何度か迂回しないと奥までは辿り着けない。
しかし文次郎は一見しただけで留三郎は不在だと判断していた。気配がない、というのも理由の一つではあったが、文次郎はそこから確信に至る情報を持っていた。
「会計委員会委員長の、潮江文次郎先輩」
お約束の誰に聞かせるでもない解説をしながら、正面の棚を確認していた後輩が慌てて走り寄ってくる。用具委員の三年生、富松作兵衛だ。どことなく怯えたような表情で、文次郎を上目遣いに見た。
「すみません、食満委員長は先程出かけてしまいまして……ご用事ですか?」
他にわちゃわちゃと駆けてきたり棚に隠れてじっとこちらを伺うような一年生はこれまた不在のようだ。
文次郎の眼前に立った三年生は、用事だったらまた喧嘩になるのだろうかといった不安が顔に表れている。忍者がそう簡単に心中を悟らせてどうする、と怒鳴りたいのを文次郎は抑えた。
本人がいるならばやぶさかではないが、話が進まないのは本意ではない。
「用具の貸し出しを頼みたいんだが、話は聞いているか?」
普段用が無ければ、どころか用があっても近づかない用具倉庫にやってきた理由がそれだと聞いて、作兵衛は目を瞬かせた。
しかも口ぶりからすれば、委員長には話を通しているということになる。珍しいこともあるものだと思いながらも、伝言も何も聞いていない作兵衛は視線を巡らせた。
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