最適解とは言えないが


 見上げれば太陽を覆い隠す葉の連なり、背後にはこれまでの年齢を思わせるそれ相応に太い木の幹。ほど近い場所には金色の毛並みもつややかな、だがそんじょそこらの狐とは比べものにならないほど鋭い牙と爪を持った九尾の狐。
 ざっ、と重なり合った木の葉の向こうを影が走る。薄い透明な羽の下に確かに存在する、赤い胴体を認識して舌打ちした。
 噛みつこうとする狐から足を引っ込め、二本の矢をつがえる。出し惜しみをしている暇はない。退いた足が野生のままの下生えの草を擦った。
「ダブル……っ、ストレイフィング!」
 狙いをつけることには自信がある。楽器の方が触れている時間は長いが、武器としてなら弓矢の方が扱い慣れているからだ。
 尻尾の多い狐が、獣の声で鳴いて吹っ飛んだ。そのまま動かなくなる躯が消えるよりも前に転がり出た青い物体を迷いなく拾い上げて、その場に背を向けて俺は走り出した。
 後ろから聞こえる羽音に追いつかれる前に、どうにか距離を取らなければ。
 ここはただでさえ深い森だ、そして魔物のテリトリーでしかない。気を抜いているつもりはないのだが、やっぱりなまりきっていることは否定できない。
 そもそも、元々背伸びした場所だったからきついのは仕方がないのだが、残念ながらアルベルタから程近くてなにかしらいいものがありそうな場所がここぐらいしか浮かばなかったのだ。
 人呼んで、エドガ森。
 エドガーなんてものに遭遇したら逃げる暇があるのかどうかも微妙だが、九尾狐ならどうにかなる。が、なんというか見た目で言うならでっかいトンボ、ドラゴンフライは若干分が悪い。特に囲まれると厄介すぎるので、ひとまず距離を取ってから叩くことにしているのだが。
 マントの端が藪を掠め、ばらりと数枚の葉が落ちる。悪いことをしているとは思うが振り返って謝る暇はない。ブーツが確かに地を蹴る感触が、忘れかけていた高揚感を骨を使って伝達させる。脈動する血液が、冒険者の感覚を否応なしに刺激した。藪の中の獣道を抜ける。開けた視界に敵の姿はなく、瞬間安堵して素早く振り返った。思ったより近くに感情が読めない複眼があってぎょっとした。




顕示欲


「何が食べたい?」
「……いらない」
「あ、あれ美味しそうだね」
 人の話を聞け!
 人混みを歩きながら、上機嫌のアサシンに反して俺のテンションはだだ下がっていた。普段なら、もう少し浮ついていたはずだ。
 星空よりもなお明るい提灯が照らすのは、通りの両側に並んだ簡素な屋台。異国の文字が躍る軒は赤橙黄色、鮮やかな色合いのそれが多い。何かを焼く音、削る音、様々な食べ物の匂いが渾然一体としているのに不快な香りではない。人々が笑いさざめく声、走り抜けていく地元の子どもたち。何よりも、遠くどこからか聞こえる笛の音。祭囃子、というらしいそれを愛用の楽器で弾いても似たような音にはなるだろうが、雰囲気が出せないだろう。風雲アマツ城がどうたらというアナウンスが会場に響き渡る。
 まさしく祭りだった。
 今、俺たちはアマツにいる。アマツの町おこし的なイベントに乗じて、夜店も出るとかいうので話のネタにでも、と観光気分で出てきたのだ。こういう時アルベルタ在住だとフットワークが軽くていい。ああそうだとも、ただ祭りを楽しむだけなら、俺に文句があろうはずもない。
 わいわいごった返す冒険者たちも、屋台の向こうで本場物のねじりハチマキを付けてヘラを使っている地元の人たちも微笑ましい。独特の食べ物も、きれいな飴細工も、にせものの丸い宝石だってゆっくり見て回りたい。
 が、こいつのせいで、だな……。
 ぱしゃんと水が跳ねる音がして、そちらに目をやると薄い水槽の中を小魚が泳いでいた。赤、黒、小さい集団、大きいやつ。袖口を押さえながら紙で出来ているらしい巨大なスプーンのようなものを水槽に突っ込むジプシーが、見事に突き破られてスクリーム手前の声を上げていた。隣のプロフェッサーは掬い上げていたが、難易度が高そうなゲームである。
「金魚すくいだって」
 看板は相変わらず異国の文字だが、ルーンミッドガッツとの航路が確立されてからというものこっちからの客が多いらしく、きちんとわかりやすい字でも説明が書いてある。俺越しに看板を覗き込んだアサシンが声を上げた。店番のお兄さんと目が合って、にこりと笑われた。
「やっていく? ポイントが溜まったらアマツ珠と交換してくれるって」



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