ぎんしんっ!



・クリスマス前

「……大体よぉ、世間の馬鹿共が浮かれ騒いでケーキ食ってアイスケーキ食ってケーキ食う聖夜になんで働かなきゃいけねーの?」
「世間様が働いてない時が稼ぎ時だからに決まってるでしょう。てかあんたの頭ケーキ食うことしかないのか」
「んなこたねーよ? ちゃんと生クリームたっぷりパフェも食う」
「食えるかぁぁぁ! そもそもクリスマスだなんだって異国の聖人の誕生日でしょう、なんで便乗してケーキ食べようと思ってんですか」
「いいか、俺はケーキが食える機会とあれば異人の宗教だろーとなんだろーと魂売ってやんよ。だが金は出さねーぞ! 捧げるのは俺の汚れなき心だけだ!」
「捧げられるもん残ってないんですね」
「おいおい新八くん、それ汚い大人だと思ってる目だね、上司に向かってそれはないよそれは」
「……どうせクリスマスに一緒に過ごしたい相手なんていないんだからいいじゃないですか」
「……なに? 喧嘩売ってる? 自慢じゃねーが銀さん結構モテますからね、大人の魅力だからねこれ」
「確かにゲストキャラに対して片っ端からフラグ立てる様は尊敬に値しますが、長続きしねーじゃねーか。後お通ちゃんと万に一つでもフラグ立ったら抹殺しますから」
「こわっ! 今メガネが光ったよこの子こわっ! ガキに興味はねーっての、大体フラグフラグってお前、あんまりメタ的な発言するんじゃないよ」
「その発言自体アウトです。神楽ちゃんと姉上に手を出した場合通報しますから」
「……ない、それはないわー、手ぇ出した瞬間その手が無くなりそうじゃん、消失しちゃうじゃん」
「わかってて言ってます」
「そもそもな、義姉になる奴に手出してどうするんだよ、確執が残るだけよ? 昼ドラ並のどろどろ展開とかもう俺には着いていけないからね?」
「……ん?」
「ああ姉って義理の姉と書いて姉だから」
「……んん?」
「何メガネが豆鉄砲食らったみたいな顔してんだよ」
「鳩だから、何一つ上手くないから。ってか、義理……?」
「お前の姉ちゃんなら俺の姉ちゃんになるだろ。あーでも年下の姉か、妙な感じだなぁおい」
「……は? ちょ、ちょっと、あんたさっきから何言って」
「え、新ちゃんその気ないの? ひどい、俺を弄んだのね!」
「そんな覚えねーよシナを作るなぁぁあ!! ってか、え? ええ?」
「……まあそういうわけでだなあ、新八、ここは一つ」
「……え?」
「結婚を前提にお付き合いしてくれませんか」
「……僕目だけじゃなくてついに耳までおかしくなったんでしょうか」
「安心しろ、ちゃんと眼鏡掛けとして機能してるから心配ない」
「外見の話じゃねえよ! ……っ、あんた、マジで言ってんですか」
「大マジ。お前が言ったんだろうが他の女じゃ長続きしねーって」
「……いや、そりゃ、あんたみたいなちゃらんぽらんで死んだ魚の目してて糖尿寸前で稼ぎ悪くてぐーたらで何考えてるのかわからない金遣い荒い人間に付いてくる人なんてそうはいないと思いますが」
「やべぇ銀さん今ちょっと泣きそう」
「なんで、僕、なんです?」
「……そりゃお前、惚れてるからに決まってるだろうが、察しろよ」
「察せられるか! 今の今まで気づかなかったよそんなこと!」
「んだよ鈍いなぁ、だからお前は新八なんだよ」
「なんで告白された直後にけなされてんだ僕は」
「誉めてるけど」
「…………」
「助手として、じゃなくてだな、別の形で俺を幸せにしてほしーんですよ。俺の不幸分けてあげるから」
「おぃぃぃぃい! それ等価にもなってねえよマイナスだらけじゃねーか!!」
「そんかわし、お前を幸せにするよ、お前の不幸だって背負ってやる」
「……んな、こと」
「……なぁ、頼むよ」
「……あんたと付き合う女性は不幸になるってずっと思ってました。無茶するし、生活力あるくせに使わないし、屁理屈だし」
「お前の中で銀さんけなしがブームだったりするのか」
「女性が不幸になるの、僕嫌いなんですよ」
「そらな、お前シスコンだしフェミニスト入ってるし」
「……だから、僕の不幸三分の二ほど請け負ってくれるなら、……その」
「……全部もらってもいーけど?」
「全部? あんたにそんな重いもん渡せますか、これ以上」
「……新八」
「大体僕ぁね、よぼよぼのじーさんになった銀さんの介護して墓作ってから死ぬって決めてんですよ」
「マジでか」
「だから、おじいさんになるまで生きててください」
「俺ぁそう簡単には死なねーよ、知ってるだろ?」
「怪我すんなって言わないだけ譲歩してます」
「……怪我しないとは言えねぇよ、信じないだろ?」
「信じませんよ、どーせ護りたいものがあれば飛び出して行っちゃうんだから」
「うん、そうだね、ところで新八くん」
「なんですか銀さん」
「ちゅーさせてください」
「早っ! 展開早っ!」
「うるせーちゅーぐらいいいだろうが今まで俺がどんだけ我慢したと思ってんだぁああ!」
「てかいい大人がちゅーってなんだ恥ずかしい人だな!」
「じゃあキスさせてくださいこれでいいかこんちくしょー!」
「だから展開早いって言ってんでしょうが! まずは交換日記あたりから……」
「中学生!? いや今時中学生でもやらないよ交換日記って! そういやこの子文通とかやっちゃう16歳男子でしたねー!」
「個人の勝手だろうが! ……もう」
「……へ、」
「さ、最初はこんなもんでしょう」
「……新八ぃ、お前の手あったかいね」
「……銀さんこそ」
「ほっぺたもあったかそーに血色づいてんなあ」
「人のこと言えませんよ、本当にもう」


※一生やってればいいと思う。後新八くん、結婚できないことにツッコミなさい。



・理想のヨメ(長谷川さんと銀さん)

長谷川はすでに許容量を超えたアルコールを摂取したらしい銀時を見下ろした。彼は今、飲み屋のカウンターに片頬をべたりとくっつけて長谷川を見ている。
「へへー、おかしいな長谷川さんが二人に見えらぁ」
「ピッチ早えなあ」
呆れたように呟いた長谷川は、かなり薄められた焼酎を口に運んだ。きついものが飲みたいと体は願っているが、二人合わせても寂しい懐事情ではそうはいかない。二人はたまに共にパチンコをして負けたり、賭場に行って負けたり、競馬に行って負けたりする友人のような関係だ。こうしてたまに金がある時などは飲みに繰り出すこともある。今日も他愛もないことや、互いの生活に対する愚痴などを酒の肴に飲んでいた。
「そういやよぉ、こないだ飲みに行った店の娘が言ってたぜ、銀さん今いい人いないのぉー?だってよ、もてる男は辛いねぇ」
「あー? そーでもねーよぉ」
長谷川も酔ってはいる。呂律は普段より怪しかったが、銀時はそれを上回る怪しさであった。
「いやいやマジな話、そろそろ銀さんも嫁さんとか家庭が欲しい年頃じゃねーの?」
「家庭に失敗した人に言われたくないんですけどーお」
ダイレクトに心の傷をつかれた長谷川は心なしか背を丸める。ハツ、と呟く彼の目には光る物があったが、飲み屋でも外さないサングラスのせいで一切見えない。
「でもそーさなぁ、ヨメさんいーかもなあ」
「お? 意外ー」
「いやほら俺って亭主関白だしぃ? 家事は完璧じゃなくてもいいからある程度出来る子でー、黒髪のストレートな、意地でも天パの遺伝子は世に残さねぇから」
珍しくこの手の話に乗ってきたな、と長谷川は思いながらへらへらと緩んだ口元で喋る銀時を見る。普段はこういった話になると一方的に長谷川がハツとの思い出を語り、自分で自分をどん底の気分に突き落として終わることが多いのだ。
「家計管理できて、甘いもんたまに食べさしてくれて、仕事少なくてもあんまり怒らない、でもたまに叱ってくれる、みてーな」
「理想高いなぁ」
苦笑いすることで応えたが、銀時には長谷川の顔は見えていないに違いない。楽しそうな口調といい、もしかしたら本当に将来を考えた人がいるのかもしれないとすら長谷川に思わせた。
「譲れないもんとか持ってたりして、ちーと音痴でもまあいいや、俺のことわかってくれてー、あもちろんかわいい奴な、積極的じゃなくて地味めで、原石美人で、なんも知らねーような、剣術一筋でしたー、みたいな」
「……銀さん? もしかしてそれって」
「んで、江戸一番のツッコミでメガネ」
にやり、と長谷川を見上げて笑う銀時の目は、常とは違った色合いに澱んでいた。
「……銀さぁん」
勘弁してくれよ、と長谷川は酒を呷る。思い直してみれば、銀時の言葉一つ一つが彼の助手のメガネ少年のことを指していた。だが今の話にはそぐわないのではないだろうか、銀時の中で話が妙な具合に混線したのかもしれない。
「んだよ? 俺のヨメっつったらもーあいつしかいねーじゃん」
「え、そなの? 二人そういう関係だったの?」
「だって俺あいつ以外いらねーもん」
そういう銀時の声が酔い以外の真剣な何かを帯びていて、長谷川は目をみはった。
「まだ俺のもんじゃねーけどさぁ、いつか俺のもんにすんの、決めてんの」
「……向こうの了承取った? なぁ大丈夫?」
「だってよぉ、まだじゅーろくよ? そん時何してたか覚えてっかよ長谷川サン」
「いやぁ……」
そう言われてみれば首をひねるしかない。16の頃の記憶など、すでに遠い彼方だ。
「奥さんに出会ったのとかもっと後だろ」
「そりゃなあ」
少なくとも成人は越えていた。あの海でハツと長谷川が出会った時の話は、この際関係がないので省略する。ともかく、16の頃自分が将来の伴侶を考えていたかと思うと、そうではなかった。
「俺にはもうさ、あいつしかいないって決めてんよ? でもあいつはそーじゃないかも知れないじゃん、そういう奴出てきたら俺がぶった切るけどさあ」
「おいおい!」
「じょーだんだってぇ」
そう言う銀時の顔は酔いに侵されていても冗談を言っている顔には見えず、長谷川は少し退いた。だが普段から冗談だか本気だかわからないことばかり言っているのであまり変わらないかもしれない。
「……思春期のしょーねんの大事な時間もらっちゃってんだから、俺の一生ぐらいじゃなきゃ釣り合わないと思わねー?」
「それ新八くんの一生もって宣言してるよね」
長谷川の決死のツッコミは銀時の耳を都合良く素通りして行ったらしい。
「そーいう奴をさあ、人の勝手でバカのペットの餌にされそーになったんだよねぇ」
がばぁ、と銀時は起き上がった。長谷川は引き続き痛いところをつかれてうげ、と呻く。
「んな今更蒸し返すかフツー!? 二話の話じゃん初期じゃん! 忘れてよ!」
「んんー普段は忘れてんよ? でもほら三百話近くなったからこそ初心を忘れちゃいけないっつーかさあ」
「忘れていいとこじゃんそれ! きっちり根に持ってんだろぉ!?」
慌てる長谷川の鼻先に、銀時はびっと指を一本突きつけた。
「ここ長谷川さんのおごりな」
「なんでそーなるの!?」
「そしたら忘れられるかもしれないってもう一人の俺が言ったからよぉ」
「結局それが言いたかっただけ!?」
ぎゃんぎゃんと騒ぐ長谷川に、おごりだと言い続ける銀時の胸中は、アルコールの匂いに混じって誰にも推し量れない。
――ほら、余計な金使って帰るとヨメさんに叱られますしぃ?


※テーマ「新八にべた惚れの銀時」。長谷川さんゴメン。



・娘の不安(神楽ちゃんと銀さん・微病み注意・若干下品)

「……ねえ銀ちゃん」
「なんだ? 酢昆布ならねーぞ」
「レディに向かってなんということを言うアルか」
いつになく真面目な表情の神楽に、とりあえず銀時は軽くボケた。実際銀時の財布を逆さにして振っても酢昆布代すら出てこないことは明らかであったが。
「私銀ちゃんのことも新八のことも大事ネ。定春はごっさ大事だけど」
「……おお、そらどーも」
神楽は銀時の目を見る。少しびっくりしたらしく、新聞から顔を上げてあちらも神楽を見ている。神楽が知る限り、この地球で一番強いように思える、侍だ。
「今日は出かけないでいいアルか」
神楽の言葉に、銀時はぴくりと反応した。もう一人の万事屋メンバーである新八は、今日はいない。万事屋に定休日も何もないようなものだが、とにかく休みをもらっていて今日は一日ここには来ない。
「……金ねーし?」
「今日の新八の予定は?」
「ああ、今日は一日かけて姉弟で道場の掃除だってよ、買い出しは昨日行ったから今日は行かねえって」
すらすらと答えられて、少しめまいがする。この男は少し前まで、こうも従業員の行動を気にする人間ではなかったはずだ。大体休みの日の新八の予定まではまだいい、そういう話になる時もあるだろう。だが今日自宅から外出しないことを確認して安心しているのは少し、おかしい。
銀時は最近外出が増えて、減った。こう言うのはおかしいが、神楽の見ている限りでは新八がいる日はそれこそ一日中でもごろごろしている癖に、新八が休みの日は朝も早くからこそこそと出かけていく。
「手伝いに行かないでいいアルか」
「依頼料出るわけじゃねーし行かねえよ、どうせゴリラが手伝おうとしてお妙にぶっ飛ばされるだろ」
それは確かに一理ある。あのストーカーのことを知らない輩は神楽の周りにはいないが、神楽には今一つ懸念がある。この上司も、そのストーカーの仲間入りを果たそうとしているのではないか。
どこに行くにも相手の居場所を知りたがる、気配を感じていなければ落ち着かない、それは真っ当な恋なのか。神楽にはわからなかった。経験が足りない。知識も不十分だ。
「銀ちゃん、新八がまともな就職先見つけて辞めたいって言ったらどうするネ」
「お前ここがまともじゃないって言ってやがんな。……んなことあいつは言わないんじゃね?」
「もしかしたらってことがあり得るアル。ぐうたら上司に見切りを付けたとか」
「付けるとしたらお前の大食いにだ。そうさなぁ……就職先でも潰すかね」
「……銀ちゃん」
ぴり、と空気が振動したようにすら思えた。銀時はすぐにへらりと笑って手をひらひらと振る。
「じょーだんよじょーだん、本気にすんなって」
もしかしたらこの男はやるかもしれない、と思わされる。
「……新八泣かせたら承知しないアルからな」
なにか、があったとき、新八のためにこの男を止められるだろうか。銀時は強い、恐らく神楽が今までに出会った誰よりも。自分に止められるだろうか、と神楽は拳を握る。
だがしなくてはならないのだ、神楽は万事屋の一員で、他の誰にもその役目を譲るわけにはいかない。
「……そーか、ありがとな」
銀時は手を伸ばして神楽の頭を撫でた。その大きな傷だらけの手は、神楽の髪を少しかき混ぜて去っていく。手の持ち主は不思議な顔で笑って神楽を見ていた。

一方、銀時の心中は。
(やべぇ布団の中で結構な頻度で泣かせてまーす☆とか言えねえ!いやあれはいいんだよねあれは銀さん気持ちいいですってことで泣いてんだから問題ないよねそういうことだからね、あっでももしかして銀さんが嫌で泣いてるとかそうだったらどうしようやべぇそんなことになったら俺が泣く。マジで泣く。今度聞いておこう問い正そうでも正面からそういう話題するとあいつ怒るんだよなー難しいなー)
神楽の心も、空気も今ひとつ読めない銀時であった。




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