運び物、落とし物



ただいまアルよー、という高い声と、どすどすと大きな足音を聞いて、新八は見ていたテレビから廊下へと視線を移した。
「お帰り、神楽ちゃんに定春……ってうわ」
手に持っていた湯飲みを机に置き、慌てて立ち上がる。
「新八ぃ、定春がなんだかトゲトゲネ。触れるものみな傷つけそうな勢いアル。どうにかするヨロシ」
「どこで遊んできたの……」
定春の無惨な様子と、何故か偉そうな神楽を見て新八がため息を吐く。定春の白い体毛には、所々に黒くて細長い植物の種が引っかかっていた。
「なんか引っ張っても取れないネ。ぶちっとやったら定春の毛までぶちっといったヨ」
「ああなるほど、この部分は神楽ちゃんの仕業か」
その通り『ぶちっと』やったのだろう、首の下あたりの毛が十円ハゲに似た様相でなくなっている。わぉん、と定春がどことなく悲しげに鳴いた。
「うーん……ブラッシングで取れるかなあ」
ぶつぶつと言いながら一旦引っ込んだ新八は、手にブラシを持って廊下に出てきた。こっちでやろうと居間を指すので、定春と神楽も着いていく。ブラシは定春専用のではあるが、犬用とかの洒落たものではない。以前神楽のぼさぼさ頭と古びたブラシを目撃して同情したらしいお登勢から新しいブラシが万事屋にやってきて、用済みになったブラシはしばらく銀時の頭を梳かしていたのだが、定春の抜け毛が酷かった時期あたりから定春のブラシになった。
「これは種なんだよ」
もつれる毛になんとかブラシを通し、抜けてしまった毛についてきた黒い元凶を神楽に手渡す。普段なら定春の巨体にもたれかかる神楽だったが、流石に今日は新八の横で作業を見ていた。
「種? なんで定春にひっつくアルか」
「なるべく遠くまで運んでもらいたいから、ひっつくようになったんだよ」
首周りを何度も何度も梳かすと、どうにか種は少なくなった。居間の床に、白い毛と混じって落ちている。後で掃除機かけないとな、と思いながら新八は体の側面に手を伸ばした。定春は大人しくその場にうずくまっている。
「運んでもらってどうするアル、ご飯食べに行くわけでもないのに」
「遠くで花を咲かせたいんじゃないかな」
丹念に手を動かす。時折定春が痛そうに鳴いたが、暴れ出すことはなかった。
「でもここじゃ意味ないネ」
神楽は手で弄んでいた種を床に落ちている仲間たちの元へと投げ捨てた。
そうだね、と新八が頷く。
「こんなところに根を下ろされたら困るしなあ」
外、恐らく河原だろう場所に生えている草にさえこう困らされているのだから、家の中にも生えたらたまらない。土もないところに生えるかどうかは疑問だが。
「後でどっか蒔きに行ってやるアル」
じゃかじゃかと床の種をかき集め、神楽はにっと笑った。つられて新八も少し笑う。
「定春の毛と分けるのは神楽ちゃんがやってね」
「んだよ使えねーなダメガネが」
「はいはい、僕はこっちで忙しいから」
悪態を付く神楽を軽くあしらって、伸ばされた前足に取りかかる。草の本体ごと着いてきているのを見つけて、おいおいとため息を吐いた。
「そうだ、しばらく家の中裸足で歩いちゃダメだよ」
「どうしてアルか、ついに私のくるぶしに欲情する年になったアルか」
「そんな年にはならないから。結構これ、刺さると痛いんだよね」
どっかに落ちてるかも、と言った矢先に、いってえぇぇぇぇぇぇ!とずっと厠に篭もっていた上司の声が響いた。
ね、と新八が笑いかけると、神楽もししし、と笑った。
「ちょっ新八ぃ! 神楽ぁ! なにこれなにこれ、なんかのトラップ!? なんかざくぅきたんだけどざくぅって! 足の裏大丈夫かコレ、骨一本増えたんじゃね!?」
騒ぐダメ男は神楽が帰ってきていることには気が付いていたらしい。全く情けない人だね、と黒色と桃色の二人は顔を見合わせて笑った。白色の一匹が、わん、と賛同するように吠える。




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